私の場合
私が医学部ひいては医師という職業を目指したきっかけは、5歳のときに母の書斎で読んだ「ブラック・ジャック」にあります。壮絶な幼少期を経て、医師となりメスを握って病を治し、そして人をも救っていく外科医の姿は今も私の憧れです。そんな幼少期のちょっとした感動から医学部を目指した私でしたが、合格までの道のりは順風満帆とはいい難いものでした。おそらく受験勉強といわれれば、多くの人は高等学校在学中にするものだという認識だと思いますので、私の高校時代から紹介したいと思います。私は地方出身ということもあり、高校は一人上京して寮生活を送っていました。高校時代は、レポートや宿題と同時並行で受験勉強も進めつつ、その傍ら家事もそつなくこなしていました!と胸を張っていえたら何よりでした。しかし、私が上京した頃はちょうどコロナ禍の全盛期で、授業は全てリモートワーク、不要不急の外出は禁止、新しいクラスメイトと話すことはおろか面と向かって会う機会はほとんど皆無といった始末で、おそらく一日中(家族を含め)誰とも話さなかった日の方が多かったのではないのでしょうか。そんな生活を送る中で、だんだん気が滅入ってきて、何のために勉強して東京まで来たのか全くわからなくなっていました。結局、高校時代の思い出は華々しいものではなく、ただ日々を生き抜くことで精一杯、いわゆる「受験生」とは程遠い生活を送っていたのが事実です。
そんな私ですが、高校3年生になれば否が応でも受験シーズンがやってきます。共通テストに国立試験にと、目標がはっきりと定まっていた最後の1年間は、なんだかんだ忙しく充実した「受験生」をやっていたと思います。私がそれから現役受験を断念して浪人生になるまでのお話は、とてもとても長く紆余曲折した経緯がありますので余白の都合上割愛させていただきます。大きな挫折を経験し、心が折れそうになることの連続でしたが、それでも再び立ち上がることができたのは、高校時代の恩師N先生、そして何より母の支えがあったからだと思います。それを原動力に七転八起して努力し続けた浪人生活には少しの悔いも残さずにこられました。私は駿台予備校市谷校舎で浪人生活を1年送りましたが、プロの講師が教鞭をとる授業の内容はどれも刺激的(物理)で興味深く、飽きのこない受験勉強をすることができました。この1年がなかったら、私は今ほど「勉強」を好きになれていたのかわからないほどに、充実した毎日を過ごしていたと思います。そうして浪人時代はあっという間に終わってしまい(受験というのは決まる時は一気に決まるもので、終わってしまえば呆気ないものです)、今年の4月、晴れて慈恵医大に入学することになりました。
最後に、これから受験を迎えるみなさんへ伝えたいことは「楽しくやろう!!!受験は楽しんだ者勝ち!」ということです。もちろん楽しむって何を楽しむんだよ!ということですが、そんなの一つしかありません。医師を目指し、医学部に入学するということは、同時に「学び続けること」と死ぬまで共にあるということです。大学受験の勉強はつまらないものであることは百も承知です。ですが、受験を通して、勉強を好きになってください。そうして、楽しみながら受験勉強をしてください。