《鈴木英明准教授》慈恵の初年次教育担当教員の私が考える「これからの医師に求められること」
大学で何を教えているか
1年生のカリキュラムのうち医学総論Ⅰ演習と福祉体験実習の責任者をしています。また生物学実習に参加して指導に当たっています。2年生以降も医学総論演習や症候学演習にも指導教員として参加しています。
これまでの経歴
昭和61年に慈恵医大を卒業後、15年間小児科学教室に所属していました。小児科では新生児医療、先天異常・遺伝性疾患の診療に従事していました。その後、DNA医学研究所(現総合医科学研究センター)に移り、遺伝性疾患の病態と、有糸分裂における染色体分配機構について研究をしていました。7年間研究所にいましたが、その後解剖学講座に移り、研究を継続しながら医学科2年生の教育にたずさわりました。2019年から教育センター・医学教育研究室に移動となり、主に医学科1年生の教育にかかわっています。
医師として体験した驚異的な医学の進歩
卒業して35年で医学・医療は大きく進歩しました。特に遺伝子解析技術の進歩がもたらした分子生物学の進歩が大きかったと思います。卒業前年(1985年)にPCR法が開発され、DNAを扱う研究が容易になりました。1990年にはヒトの遺伝情報を全て読む「ヒトゲノム計画」が提案され、世界の一流の研究施設が協力して10年間かけてヒトゲノムの下書き版をつくりあげました。分子生物学の進歩と並行してコンピュータやインターネットなどのデジタル情報技術も大きく進歩しました。30億塩基対という巨大なゲノム情報(1ページ600文字の文庫本なら500万ページ)が扱えるのもデジタル情報技術の進歩によるものです。分子生物学とデジタル情報技術はその後も爆発的に進歩し、世界中の研究者が協力して10年以上かかったゲノムDNAの解析も、現在はひとつの研究室で一晩に数十人の解析ができるまで進歩しています。一人当たりのゲノム解析コストも10万円程度になっています。私が大学在籍時に学んだ医学は、主に個体レベルから細胞レベルまでの視点で考える医学でしたが、現在は分子レベルで考える医学です。本庶佑先生のノーベル賞でよく知られる「オブシーボ」という薬剤は代表的な分子標的治療薬で、まさに分子レベルで生体や病態を理解することから生まれたものです。
これからの医師に必要な能力
私は以下に示す4つがこれからの医師に必要な能力だと考えています。
- 価値のある情報を集める能力。そして集めた情報を理解し用いるのに必要な医学的知識や判断力。
- 先端医療や研究を正しく実施する、もしくは正しく評価できる、のに必要な、データサイエンス、統計学、人工知能の基礎的な知識。
- 数値化できない情報を得るのに必要な観察力や洞察力。
- コミュニケーション力。共感力。
1について
我々が卒業した時代は、知識を持っていることに価値がありました。しかし、今や医学の知識量は膨大になり、すべて覚えることは困難です。一方で現在は皆が携帯端末を持っており情報をどこへでも持ち運べます。またどこにいてもインターネットで新しい情報を集めることが可能です。もはや知識を全て記憶しておく必要はなく、必要な時に速やかに情報を集め、集めた情報を評価し取捨選択することができる医学的知識と判断力がこれからの医師には必要です。
2について
患者さんから得られる情報も急速に膨張していくことが予想されます。電子カルテから得られる臨床情報、CTなどの画像情報、ゲノム情報、ウェラブルセンサーから得られる時系列データなどが例として挙げられます。これらの情報を扱えるだけでなく、情報の質を評価する能力も大切になると思います。私が医師になって分子生物学の知識や遺伝情報を扱うスキルが新たに求められるようになったのと同様に、皆さんは、デジタル化されたデータを扱うデータマイニング技術、ビッグデータ解析のスキル、AIに関する知識などを医師として求められるようになると予想しています。現時点では医学教育にこれらはほとんど含まれていませんので、自ら学ぶことが求められるでしょう。
3について
検査のように数値化できるものの解析は機械が得意とするところです。しかし数値化できないものも多くあります。患者さんの性格、家庭環境、診察しているときの患者さんの表情や仕草、診察で患者さんに触れた時の感触など。こうした例は数値化が難しく機械では扱い難いものです。しかし時として診断や治療方針の決定に重要な情報になります。こうした数値化できないものから重要な情報を見つけ出す観察力と洞察力は重要な医師のスキルです。
4について
コロナウイルス感染症によって、社会生活が大きく制限された時、皆さんは強く学校で友達や先生に会いたいと強く思ったのではないでしょうか。SNSなどで繋がっていたとしても、直にあって話をしたいと思ったのではないでしょうか。自分の健康状態に不安を抱えている患者さんは、直に医師や他の人に会って話をすることで安心します。医師にとってコミュニケーション力は最も大切な能力と言えます。将来は遠隔診療なども普及していくと思いますが、遠隔診療に適したコミュニケーションの仕方も重要になるでしょう。
慈恵の初年次教育
これまで述べてきたように、膨大な医学知識の蓄積があるうえに、日々医学は進歩しています。医療の形態も、社会の要請や他分野の進歩によって変わっていきます。そんななか慈恵医大の医学教育で最も大切にしているのは、生涯勉強していくための土台作りです。患者さんの診療には答えが用意されていません。医師が診察を通して問題点をみつけ、それに対して適切な治療を選択しなくてはなりません。大学受験のような答えが用意されている問題に対応する力ではなく、自ら問題を見つけ、考え、解決法を見出す力を身につけてもらわなくてはなりません。この思考の転換のために、また2年以降の学習の土台作りのために、慈恵医大では1年間かけて教養教育を行います。基礎医学を深いレベルで学ぶために、受験から一歩進んだ数学や自然科学(物理・化学・生物)を学びます。人間性や倫理的判断力を養い、患者さんを一人の人間としてその文化的・社会的背景を理解し、それを医療の現場に活用できる能力(包括的医療の実践者)を養成するために、人文・社会系の学問に触れ、語学やコミュニケーションスキルを学びます。またますます重要性が高まる情報技術の基礎を学びます。
慈恵医大は大学です・専門学校ではありません
医師になるための専門教育として多くの必修科目がありますが、より深く学びたい人のためにすべての講座や研究室が門戸を開いており、1年時からそれぞれの学生が興味を持っている領域の研究を行うことができます。学生時代に学会発表や論文執筆を行う学生もいます。学生が学びたいと思うことはできるだけ実現できるようにしたいと考えています。私も医学を学ぶものです。ぜひ皆さんとともに学び続けたいと思っています。
(医学教育研究室 准教授 鈴木英明)