《岡野ジェィムス洋尚教授》知的創造性をかき立てる理想的な環境とは

私の研究室ではiPS細胞を使った神経変性疾患(パーキンソン病やALSなど)の原因究明に向けた研究と治療法の開発を行っています。ヒトゲノムの全容が解明され、iPS細胞が開発されたことにより、分子レベルで病気を調べることができるようになりましたが、今世紀はいよいよ治療医学の時代になるだろうと期待されています。私が医学生だったころ(おっともう30年以上前ですが・・)には研究の糸口すら見いだせなかった様々な難病が、次々と分子レベルで理解され発症メカニズムが明らかになっていく様は、まさに隔世の観があります。そして今、これらの難病を克服するためにどんな解決法を考案できるのか、というさらなる命題が医学研究者たちに突きつけられています。つまり、これまでになかった全く新しい発想による新規治療戦略の開発が求められているのです。では「創造性に富む新しいアイデア」というのはどのような環境で生み出されるものなのでしょうか?

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(ヒトiPS細胞の写真)

私は大学卒業後、11年にわたってニューヨーク市マンハッタンにあるロックフェラー大学に留学し研究活動をしていたのですが、その大学の学長(トルステン・ウィーセル博士:1981年ノーベル賞受賞)が学内の講演会で述べた次のような言葉が胸に刺さったのを覚えています。「新しい時代(革新的アイデアによる)というものは、異なるバックグラウンドで育ち異なるものの見方をもつ研究者同士が、共通の目標を達成するために常に議論しながらしのぎを削る環境から生まれるものだ」。米国の一流と言われる大学・研究所は、まさに「この環境」を作り出すことによって、優秀な研究者を育て、世界最高の科学レベルを維持しているのです。さらにウィーセル博士は、「研究者たちが友好的に交流できる場を大学内に作れば、自然と新しいものが生み出されてくるはずだ。学長である私の仕事はこの理想的な場を作り、学生・研究者の視野を広げてあげることだ(さすが元眼科医!)。そのためにまず大学内にバーベキューエリアをつくり、毎週金曜日にはビールとポテトチップスをただで振る舞って・・」という壮大な構想を提案したのです。もちろん満場一致のもとに実現しました。 日本の高等教育研究機関に現在求められているものは、この「知的創造性をかき立てる教育研究環境をつくる」ことではないでしょうか。大学人として私も研究者や学生にとっての「理想的な場」を作るために力を尽くしていきたいと思っています。

(総合医科学研究センター 再生医学研究部 教授 岡野ジェィムス洋尚)