医学部保護者会潜入記
入学後、大学から一通の封書が届いた。保護者会のお知らせだ。大学生になってまで保護者会があるの?と訝しげに思った。と同時に、子弟を医学部に入れる親はどんな人たちなのだろうかと俄然のぞき見的な興味も湧いてきた。私は夫婦ともに非医療系の職業なのだが、きっとの私立医学部のことだから保護者には医師が多いのではないか、そんな予想を立てていた。これは別の大学の話なのだが、とある県(この県には国立の医学部がない)の私立医大の願書を取り寄せたところ、通常の願書とは別に大学関係者(親族が教職員・卒業生)用の願書が同封されていた。あからさまな私立医大の閉鎖性を目の当たりにし、結局この医大には願書を出さなかった。そんなこともあり、私立医大にはそこはかとない疎外感があった。
しかし、実際に保護者会に出席してみると、医師の割合は数人に1人ぐらい。思っていたより少ない。非医療系の方がマジョリティだ。商社、航空会社の会社員、川崎の工場経営者、埼玉の不動産業者,築地の僧侶など職業は多種多様だ。もっとも保護者名簿によると地方出身者では保護者の医師の割合が高くなるようだ(現在、保護者名簿への掲載は任意)。まあ、学費の他に生活費もかかるので致し方ないか。保護者の中で医師は、医学部においてはやはり頼りになる。研修医は地方ほど給与が高いが、研修先の病院は給与だけでなく自分が一番成長できる病院を選ぶべきである、とのご意見を保護者会で現役医師のお父様から伺った。こういう助言をいただけるのも保護者会があってのことである。
保護者会では、学長・理事長・学生部長・教務部の先生たちからお話をいただく。学長の話を伺って一番印象に残っているのは、慈恵の教育では医師以前の人間形成の過程を重視しているということだ。最後に国家試験はあっても、大学はそのための詰め込み教育をするところではない。慈恵では人としても立派な医師を育てようというメッセージを感じる。娘には患者に優しい言葉を掛けてあげられる医師になってほしいと願っている。
全人格教育と言えば、慈恵は医大にしてはクラブ活動が活発だ。クラブによっては6年生まで活動するクラブもある。これも優秀な学生が集まっているからできるのだろう。落第して次学年に上がることができない学生が30%もいる私立医大があるそうだが、慈恵では落第は珍しいことだ。もっとも、クラブ活動での縦のつながりは学内試験・国家試験や就職の対象となる病院についてのナマの有益な情報をもたらすのでメリットの方が多いともいえる。
理事長の話には、寄付金の話が出てくる。ここ数年、西新橋キャンパスは老朽化した建物の建て替えのプロジェクトが進んでいて、資金需要が高まっていた時期であった(それにしても都立工業高校の跡地が森ビルに取られないでよかった)。私立医大は授業料の他に寄付金をしなければいけないのではないかと思っている人も多いかもしれない。しかし、慈恵に限って言えば、寄付金は義務でも強制でもない。無言の同調圧力もない。理事長がする寄付金の話も終始お願いベースでいくつかある話題の一つである。こんな余裕ある態度で臨むことができるのも、高木兼寛学祖の「病気を診ずして病人を診よ」をモットーにした患者ファーストの病院経営が順調だからであろう。貧乏な保護者としてはありがたい話である。2018年は、東京医大で女子受験生を一律に減点していたことが明るみに出た年であった。これにより私立医大全体が不正入試を疑われた。理事長によれば、慈恵の試験は公平であるとのことだ。実際、入学者の女子の比率を見てもその通りだと思う。学生部長の話によれば、突発的な事変に対応するために寝るときも携帯電話を切らずにいるとのこと。心休まる日がないのだと思うと保護者としては感謝しかない。
保護者会の最後には、学長・理事長を含めた教授陣との懇親会がある。学長・理事長ともグラスを傾けながら、医大での勉強や病院での研修について直接アドバイスを伺うことができる。「会いに行けるアイドル」をコンセプトにするアイドルグループがあるが、「会いに行ける学長」というのが慈恵の売りの一つだ。なお学長は,現役時代は学業トップでバレー部のエースという慈恵のスーパースターなのだ。もちろんCDを買わなくても、握手をして下さる。懇親会には1年のとき教養科目を担当する教授も出席なさっている。国語表現の先生と村上春樹の騎士団長殺しの読み方について議論を交わしたり、数学の先生にフェルマーの最終定理を理解するための本の読み方についてレクチャーを受けたもの余得である。こんな近しい距離で大学の先生たちと話をすることができ、私立医大への疎外感は吹っ飛んでしまった。
年に2回あった保護者会も2020年はコロナ禍で開かれていない。学長・理事長のお話もDVDやネット配信になってしまった。再開する日が待ち遠しい。
(医学科学生保護者 I様)